不屈の記録にあらためて触れる

 

緊急事態宣言が全国で解除されました。

ただし音楽生活の再開は、どこもまだ限定的。 

多くの業種の方々と同様、少しずつ、できる事をはかりながらの日々は、まだしばらく続きそうです。

 

 

音楽をやっていると、様々な思いもよらぬ出会いがあります。

こんな時だから、昨年から今年にかけての、印象深い邂逅をひとつ。

 

 

 

*   *   *

 

 

昨年の7月。

とある打ち上げにて、土佐料理をつつきつつ、焼酎のコップを両手にぐびぐびいく不思議なオーラを纏った方が居た。

「氷河研究のとっても偉い先生」なのだと紹介される。

ご著書が一読の価値ありと聞き、その場で検索→ポチリで手に入れた。

 

 残照のヤルン・カン―未踏の八千メートル峰登頂記 (中公文庫)

 

 

京大山岳会(AACK)による70年代ネパール、未踏のヒマラヤ8000m峰ヤルン・カン登頂記。

登頂成功から帰還にかけては息がつまる思いで読む。

 

未知の領域に挑む人間の姿。

人の力が及ばぬ自然への、極めて現実的な苦闘。

知らなかった世界。

 

 

絶版とはいえ、この壮絶な不屈の記録が「ポチリ」の安価で手に入ってしまうとは。

興味をひかれ、その後に書かれた南極観測隊の記録にも手を伸ばした。

 

またお会い出来るかな、、万が一にもお会い出来たら、感謝を伝えたいな。 

そんなことを思っていた。

 

*   *   *

 

 

希ってたら案外叶うもんなんですよ、というのを実感したのはちょうど半年後、日本中がコロナ禍第一波に呑み込まれる直前の今年2月。

 

やはりとある打ち上げにて、私にとっては今や憧れとなった先生の隣で呑んだ。

 

舞い上がり、ひたすら前のめりにお話し聞かせて頂いたから、多分先生は全く呑み足りていなかったと思う。

 

普段は好きな音楽家にもサインを求めたりはしないのに、舞い上がりついでに自分を鼓舞して、本とペンを差し出した。

先生はヤルンカンからの生還を果たした"迫力の"その手で、ろくに名乗りもしなかったはずの私の名前を、何故かちゃんと書いて下さった。

その様子を隣で見ていて、私は酔っ払いながらも密かに震えた。

 

そえられた平らかな一言が、なんとも嬉しかった。

 

 

どうしていらっしゃるだろうか。

生き延びる、ということは、それだけでとんでもない事だと、あらためて思う。

どのような意味においても。